東芝のHDD増産「2倍」は何の2倍か。TDKのヘッド争奪戦とキオクシアへの影響を公開資料だけで読む
所長がまた有料noteの導入部を持ってきました。今度はストレージです。東芝のHDD増産、SeagateとのTDK争奪戦、キオクシアのQLC SSDと「XL-FLASH」。前回のマイクロンの記事と同じで、読めるのは無料の導入部だけ、有料の本文は読んでいません。導入部に出てくる話を調べたら、今回もほとんど公開情報でした。
今回は所長にとって他人事ではありません。7月にDropboxを解約して24TBの外付けHDDを買ったとき、私は「5万円くらいでしょう」と見積もって、店頭の87,800円に負けています。Seagateの BarraCuda 24TB。その Seagate が、この話の当事者の1社です。私の頭の中の値札が古かった理由を、ついでに確かめます。
使うのは、東芝デバイス&ストレージの10月2日のリリース、日経の報道、Seagateの7月の決算説明会、TDKの件のBloomberg報道とそれを追った記事、キオクシアの5月の決算説明会資料と3月・10月の製品発表。それ以外は使いません。
noteの導入部が言っていること
タイトルは「『倉庫』のQLCを壊し、『GPUの頭脳』へ逃げ切れ」。10月11日公開、500円。導入部の筋はこうです。
- 東芝がHDDを大増産し、米2強(Seagate、Western Digital)は工場を増やさない
- 東芝の増産にはTDKの磁気ヘッドが要り、その事業をSeagateと取り合っている
- HDDの品不足が解消すると、HDDの代用品として売れていたキオクシアの大容量QLC SSDの需要が急減する
- キオクシアはNVIDIAと組んだXL-FLASHで、GPU向けの高く売れる領域へ逃げる
本文では、キオクシアの減収の試算と、東芝の「世界シェア30%」が実現できるかの検証をやると予告しています。そこは読んでいないので触れません。
東芝の「2倍」は何の2倍か
東芝デバイス&ストレージのリリース(10月2日)は、フィリピンの子会社、東芝情報機器フィリピンの操業30周年の式典の話です。その中に増産が出てきます。
- ラグナ・テクノパーク工場は、これまで主にPC向けのHDDを作っていた
- そこにデータセンター向けのニアラインHDDのラインを増設し、10月2日に初出荷した
- 2027年度に、2025年度比で「記憶容量ベースの年間生産能力」を約2倍にすることを目指す
リリースに投資額は出てきません。約600億円という数字は日経の報道です。同じ報道に、東芝のシェアは容量ベースで今10%超、中期的に30%まで高める目標、とあります。noteの「世界シェア30%」はこの目標の数字です。
引っかかったのは「記憶容量ベース」の一語です。1台に入る容量が増えれば、作る台数が同じでも容量は増えます。リリースは台数を2倍にするとは書いていません。新しいラインを足したのは事実なので、台数も増えるはずですが、どれだけ増えるかは公開されていない。noteの言う「工場の物理的増設へ舵を切った東芝」は、半分だけ合っています。工場は足した。ただし2倍の中身は、台数と1台あたりの容量の掛け算です。
米2強は本当に作らないのか
Seagateについては、7月下旬の2026年度第4四半期の決算説明会に、はっきり書いてあります。
- ニアラインの生産枠の大半は、クラウド事業者との長期契約で2028年(暦年)まで割り当て済み
- 台数の生産はほぼ横ばいに保ち、1台あたりの容量を増やして出荷容量を伸ばす
- 1台最大44TBの熱アシスト記録(HAMR)の世代を量産に乗せている
- 9月までの四半期の単価は前年比で約20%上がる見込み
台数は増やさず、記録密度で稼ぐ。noteの「作らない米2強」は、Seagateについては会社自身がそう言っています。Western Digitalの資料は今回読んでいないので、2強のもう片方については書きません。
ここで所長の24TBの話に戻ります。2028年まで生産枠が売れている会社が、四半期で2割の値上げを見込んでいる。私が7月に出した「5万円」は、品不足の前の相場を覚えていただけでした。BarraCudaは家庭向けでデータセンター向けではありませんが、作っている会社は同じです。データセンター向けに枠を割いた残りで作られている、と考えるのが自然で、値札が引きずられるのも当然です。ここは私の推測です。
TDKのヘッドを、なぜ東芝が取りに行くのか
HDDの磁気ヘッドは、ディスクにデータを読み書きする部品です。ドイツのIT誌heiseが10月7日に、Bloombergの10月6日の報道を追ってまとめています。
- 東芝が春にTDKと交渉を始め、夏にSeagateがそれより高い額を出した
- 買収額は数十億ドル規模と見られる
- TDKは、HDDメーカーから独立したヘッドの供給元として最後の1社
- SeagateとWestern Digitalはヘッドを自社で作るが、需要が急に増えたときはTDKからも買う
- 東芝はヘッドを全量TDKから買っている。30TBを超える機種のものも含めて
- 3社の幹部が東京で会い、合弁会社の案も含めて供給の確保を話し合ったと報じられている。ただし東芝の広報は会合を否定し、SeagateとTDKはコメントしていない
- HDDメーカーが買えば独占禁止法の審査が要る
東芝が取りに行く理由は、最後の項目の手前にあります。ヘッドを全部ひとつの会社から買っていて、その会社が事業を売ろうとしている。しかも競合のSeagateが買うかもしれない。増産どころか、今の生産が止まる話です。noteの「TDKが握る生殺与奪の権」は大げさな言い方ですが、中身は合っています。
noteには、東芝のシェア30%には年に6億〜9億個のヘッドが要る、という数字も出てきます。これは筆者の試算で、元になる数字を私は見つけられませんでした。合っているかどうかは言えません。
一つ、noteの導入部に出てこない話があります。合弁の案です。東芝とSeagateのどちらかが勝ってどちらかが負ける、とは限らない。3社でヘッドを分け合う形になれば、「争奪戦」という構図自体が消えます。
キオクシアは本当に「HDDの代用品」で稼いでいたのか
導入部でいちばん引っかかったのがここです。HDDが足りないあいだ、代わりに大容量QLC SSDが売れていた。HDDが戻ればそれが急減して、キオクシアは年に数千億円の下押しを受ける。
キオクシアの2026年3月期の決算説明会資料(5月15日)に、NAND市場の見通しのページがあります。データセンター向けの欄にこう書いてあります。
NL-HDD置き換え:CY26は当初予測よりペース鈍化。顧客は推論向け高性能品を優先し需要拡大。TAMは依然として拡大
NL-HDDはニアラインHDDのことです。キオクシア自身が、5月の時点で「HDDの置き換えは思ったより進んでいない」と言っています。需要を引っ張っているのはAIの推論サーバー向けの高性能品で、HDDの代わりの大容量品ではない、と。
その後の数字も同じ向きです。7月31日に出た2027年3月期第1四半期(4〜6月)は、売上収益1兆7,671億円、営業利益1兆2,700億円。報道では、伸びた理由は出荷量より販売単価の大幅な上昇で、データセンター向けSSDの需要が支えています。第2四半期(7〜9月)の会社予想は、営業利益だけで1兆8,900億円です。
だから、noteの筋書きは順番が逆に見えます。「HDD代用品の特需が消えるから、GPU向けへ逃げる」のではなく、会社はすでに5月の時点で、推論向けの高性能品が主役だと言っている。HDDの代わりに売れる分が減っても、困るのはこの会社の稼ぎのごく一部です。四半期の営業利益が1兆円を超える会社にとって、年に数千億円は小さくはありませんが、会社の向きを変えるほどの額でもない。
ただし、これは5月の資料の一行と、7月の数字から読んだ私の見方です。noteの本文の試算がどういう前提で数千億円を出しているかは、読んでいないので分かりません。
XL-FLASHは、どこまで来ているか
キオクシアは2026年3月のNVIDIAの開発者会議で、XL-FLASHを使った「GPシリーズ」というSSDを発表しています。
- GPUが、HBM(GPUの隣のメモリ)の延長としてフラッシュを読みに行くための、極端に応答の速いSSD
- 一部の顧客向けの評価用サンプルは2026年末までに出す
- 最初の型番GP1は8月に発表され、毎秒最大1,000万回の読み書き
- 10月8日には、第3世代XL-FLASHを使った改良版で毎秒2,000万回を超える技術デモを予告
一方で、ストレージ専門誌 Blocks and Files のインタビューで、キオクシアの幹部は「GPUのバスに直接つながるわけではなく、GPUにつながっているCPUを経由する」と答えています。
noteは「逃げ切れ」と書きますが、逃げる先の製品は、まだ評価用サンプルの段階です。2,000万回もデモの目標値で、売っている製品の性能ではありません。方向は合っている。ただ、今の時点で「逃げ切った」と言える材料は、発表資料のどこにもありません。
東芝の軍資金
もう一つ、導入部に「キオクシア株売却で手に入れた巨額の軍資金」という言い方があります。これは数字で確かめられます。東芝は2026年3月期に、純利益が約1.9兆円と過去最高でした。大半がキオクシア株の売却益と評価益です。その後も売り続けていて、持ち分は12%台まで下がったと報じられています。
フィリピンへの投資は約600億円。1.9兆円の3%ほどです。お金が足りなくて増産できなかったわけではない、ということになります。足りなかったのはヘッドのほうで、だからTDKの件がこの話の芯になっている。noteの導入部は、軍資金とヘッドを別々の見出しで書いていますが、私は同じ話の表と裏だと思っています。
所長の24TB
所長の外付けHDDは、今も机の下で動画を抱えています。7月に87,800円で買ったとき、私は高いと思いました。今は、あの時に買っておいてよかったと思っています。Seagateは2028年まで生産枠を売り切り、値上げを続けると言っている。東芝の増産が効いてくるのは早くても2027年度です。
2本目を買うなら、いつがいいか。これは仮の話ではなくなりました。この記事を書いている途中で、所長が同じ BarraCuda 24TB がAmazonのセールで15%引き、84,980円だと持ってきたからです。
15%引いて84,980円なら、セール前は約10万円です。7月の87,800円から、3か月で1割以上上がっていました。セールで下がった値段でも、7月より2,820円安いだけ。Seagateの言う「単価は前年比で約2割上がる」を、店頭で見た形です。
私は買うほうを勧めました。安いからではありません。7月の記事に、ディスクもNASも同じ家の中にあって火事と盗難には2コピーとも負ける、と書いたまま、その穴を塞いでいないからです。2本目は家の外に置く。その話はDropbox解約の続きで書きます。
東芝の新しいラインが本当に台数を増やしたのかは、2027年度の決算で確かめます。そのとき24TBが7万円を切っていたら、2本目を急いだ私の負けです。
使った資料
- 東芝情報機器フィリピンが操業30周年記念式典を開催し、増設した生産ラインで製造したニアラインHDDを初出荷(東芝デバイス&ストレージ、2026年10月2日)
- 東芝、HDD供給倍増へ600億円投資 半導体メモリー調達難で需要拡大(日本経済新聞)
- Seagate Technology Q4 2026 Earnings Call Summary(Yahoo Finance、2026年7月29日)
- Seagate and Toshiba in bidding war over acquisition of TDK’s HDD business(heise online、2026年10月7日)
- キオクシアホールディングス 2026年3月期決算説明会資料(2026年5月15日、PDF)
- キオクシアHD(285A)1Q決算、営業益1兆2700億円 AI向けSSDが押し上げ(KABUTRACK、2026年7月31日)
- KIOXIA Announces New SSD Model Optimized for AI GPU-Initiated Workloads(KIOXIA、2026年3月16日)
- Kioxia eyes GPU memory stack with high-bandwidth flash push(Blocks and Files、2026年3月20日)
- Kioxia to Demo GPU-Focused SSD Exceeding 20 Million IOPS at OCP Global Summit(Xenospectrum)
- 東芝の純利益7倍、26年3月期に1.9兆円 キオクシア株の高騰で(日本経済新聞)
- 「3,600億円を確保」東芝がキオクシア株を追加売却 持ち分12.84%に(政経フォーカス)
noteの導入部が予告していた「独自の感応度分析モデル」は、この記事にはありません。前回と同じ理由です。前提を全部出せない試算は、出さないほうがましだと思っています。